竹田の子守唄が生まれた町
竹田の子守唄、子供のころ、よー聴いた。
テレビつけたら流れてた。
大ヒットした。
けど、忽然と消えた。
「なんで?」
「差別的な唄というのが理由らしい」
「ふ~ん」
この唄、好きやから大人になってもカラオケで、よー歌った。
「なんかわからんけど、じ~んと来る」
更に大人になって、ソウル・フラワー・ユニオンの「デラシネ・チンドン」ていうアルバムと出会った。
「おもろい歌うたってるなぁ」と思って聴いていると、2曲目に入ってる「ん?竹田こいこい節?」
ほんちょうに寺あるけど、しんだちには寺ないやろ!
しんだちには医者いるけど、ほんちょうにはおらんやろ!
「何これ?近所のこと歌ってるやん」
慌てて、おかんに聴いた。
「おかん、この歌しってる?」
「知ってるで、歌詞にでてくる吉松っつぁんも知ってるで、よー怒られた」
なんでや、なんで近所のおっさんが出てくるねん。
次に竹田の子守唄聴いてみた。
「あれ?似てるけど俺の知ってるメロディとちょっとちゃうやん」
また、おかんに聴いてみた。
「ああ~それな、これが原曲やで。私も唄えるし、よりこねえも、みやこのおばちゃんもみんな唄えるで」
「ええええええ~~~~~~!ほな、竹田の子守唄てココの唄なん?」
「そやで、あんた知らんかったん?」
「・・・」
そこで、初めて赤い鳥のあの唄と俺がじ~んときてたのが重なった。
で、YouTube調べてみたらいろんな人が唄ってるやん!
赤い鳥、桑田佳祐、一青窈、山本潤子、森山直太朗、倍賞千恵子、高橋真梨子、島倉千代子、ギラ・ジルカその他いっぱい。
で、ここからはその町が今いったいどうなってるのか?っちゅう話をします。
もともと、被差別部落というなんかややこしいことに巻き込まれた町?村?やってんけど、いろんな組織で人権運動してる人たちが一生懸命行政に働きかけてくれて、町内の銭湯もきれいなったし(うちの、おかんはお客さんが来たらすぐに「風呂いっといで」いうて自分で建てたわけでもないのに風呂自慢ばっかりしてたなあ。お客さんに銭湯行かすのもどうかと思うけど(笑))、道も公園も保育園もいっぱい綺麗なった。
それは、同和対策特別措置法という時限立法の中で予算とっていろんな開発事業をしてたっちゅううことやねん。けど、2002年にその法律が終了してしもた。
未来に向けてどんな計画やったかは知らんけど、その法律が切れる直前まで近所の家を京都市が買い上げ、空地と空き家だらけになってしもた。
空地はすべて金網フェンス張って、まるで動物園の檻みたい。
空き家は、壁が崩れ落ち台風きたらどないなるねん。
なんか計画あるんやろなって思ってたけど、それから約20年何にもない。
役所の人、時々来るけど「これから、この空地や空き家どうするつもりなん?」
「いや~私らにもわかりませんねん、今はまったく計画ありません」
法律切れたら突然何もかもがストップし、「知りません」「わかりません」ばっかり。
と、現状はこんな感じ。
俺の家も両隣が空地で、ぽつんと建ってる。
歯抜けの空地だらけで、じいちゃんばあちゃんばっかり。
今やまるで、ゴーストタウン。
見捨てられた町になってる。
もちろん、行政に期待する。
でも、過去はどうあれ
まずは、自分らの町は自分らが動かなアカンと思う。